こんにちは、宿木御法です。
一義流気功についての説明を、小学校高学年以上の方が理解できるようにかんたんな言葉で書きました。
今日のテーマは「すぐにけんかしてしまうのはなぜ?」です。
大人の方もぜひご覧くださいませ。
誰かを攻撃(こうげき)したい気持ち
ものごとが期待どおりにならなかったときに、すぐに怒ってしまう人がいます。
誰かをたたいてしまったり、あるいは言葉で攻撃(こうげき)したり。
あるいは、一度怒ってしまうとその感情を長く引きずる人もいます。
このような人の「気」のすがたを観察すると、こんなふうになっています。
「悪意」も「気」の一種です。
中身がどうなっているかというと、「じゅんすいな攻撃性(こうげきせい)」だけで成り立っています。
「じゅんすいな攻撃性」とは、「何でもいいから攻撃(こうげき)したい」という感情のことです。
「悪意」のなりたち
「悪意」の気はどうやってできるのでしょうか?
私たちの感情や気分にはさまざまな種類がありますが、
それらはバラバラに存在しているのではなく、
まるで一本の定規の上にならんでいるかのように存在しているのです。
良いことがあれば上に上がります。
嫌なことがあれば下に下がります。
「悲しみとなげき」より下にいってしまうと、場合によっては命があぶなくなります。
この位置ににとどまっていると、
たとえば危険がせまってきても気づかず、そのまま死んでしまうかもしれません。
このとき、私たちの心は「じゅんすいな攻撃性(こうげきせい)」を発揮して、強引に上の位置にあがろうとします。
とりあえず無事に「悲しみとなげき」よりも上の位置にあがったとします。
すると悲しい気分ではなくなり、危険がせまってきてもちゃんとよけられるまで元気になります。
しかし、上にあがってきたときの「じゅんすいな攻撃性(こうげきせい)」は
はずれずにそのまま残ってしまいます。
このようにして、はずれなくなってしまった「じゅんすいな攻撃性(こうげきせい)」のことを
「固着した悪意」と呼びます。
固着(こちゃく)…しっかりくっついてはなれないこと。
「悪意」ができる理由
このような「悪意」をたくさんもっていると、何か嫌なことが起きた時や期待を裏切られた時、「何でもいいから攻撃(こうげき)したい!」という気持ちになってしまいます。
しかし、この人は根っからの悪人なのでしょうか?
「悪意」のなりたちを考えてみてください。
「悪意」は感情と気分の定規の上で「悲しみとなげき」より下に下がった時にできるものです。
そのまま放っておいたら、その人は死んでしまう
というほどのひどい体験をしたときに、「じゅんすいな攻撃性(こうげきせい)」が生まれます。
心はその人を生かそうと、その体験のあともはずれずに残るほど強く、必死になって「じゅんすいな攻撃性(こうげきせい)」を発揮するのです。
このような体験の数が、その人の「悪意」の数です。
ふつうは1~3個までにおさまっています。
しかし多い人は10個も20個も抱えている場合があります。
そのような体験とは、いったいどのような体験なのか。
そしてそれを人生に10回も20回も体験するということは、どういうことなのか。
想像力をはたらかせて、考えてみてください。